言葉は気分を作る。だから、言葉を選ぶことで気分をハックできる
…という考え方がスピリチュアルっぽくてあまり好きではなかった。が、最近、「良し悪しは別としてこれ役に立つわ」という評価に自分の中で変わりつつある。
きっかけはいくつかあって、
CrrepyNutsの「のびしろ」という曲に感化されて、職場で失敗したりダメだしをもらった時に「俺はダメだな」と認知するのではなく「伸び代がある!」と置き換える訓練をしたら、メンタル的にすごくいい効果があった
仕事で会議における無用なコンフリクトの結果をあれこれ考えた結果、「難しい」と言う言葉を禁止とし、「チャレンジングな課題である」「挑戦しがいのある課題である」と言い換えるルールを作って試しているがworkする感覚がある
↑と同様に、「今の状況をゲームに例えると?」という問いを使うテクニックが職場で提案されたのだけどこれもなかなか良い。「無理だ」という思考が「どうやって攻略しよう?」という思考に切り替わる*1
この分野はまだまだ、自分の中で「のびしろがありそう」なので、積んでた本を少し読み返してみようと思う。
*1:「視点の客観性を獲得することで、思考の品質を上げることができる」というのがポイントに思う
複数の視点で自分と他者を見る
自分自身との / 他者との関わり方の中で、
の3つの視点のバランスを取る事を意識したいと思った。それぞれの視点の詳細は以下のようなイメージだ。
性善説的な視点
- その人の欠点に注意を取られずに、良い点・強みを見出そうとする
- その人が長い目で見た時に、成長しよりよくなることを諦めずに、観察者としての自分が何をできるのかを考える
- その人が我々の組織にいることで、幸せを感じてほしいと願う
性悪説的な視点
- その人の能力の不足や認知バイアスを解像度高く認識し、それが発生される悪影響(士気の低下、戦略の実現確率の低下)を冷徹に観察・評価すること
- (『人を動かす』的な意味で) 人が生来持つ不完全性を認識し、いい意味で過度の期待をせずに、「人がやらかす」可能性とそのリスクヘッジ策を常に考える事
性弱説的な視点
- 生来の人の弱さ - 意志の弱さ、自己保存欲求故の不道徳、欲が倫理を超越するケース、などを認識し、それをハックし、組織の構成員の良さを生かす仕組みを考える事
- 人が自己の在り方を変えるというのはとても難しいことで、殆どの人はできないし、できたとしても時間がかかる、ということをベースの視点にする事
それぞれの視点に利点・欠点があるので、常に3つの視点をパラレルで走らせるのが理想に思う。
